米国民主党全国党大会(9月4日~6日)
ノースカロライナ州シャーロット(Charlotte)は、ちょっと、否、かなり上品な街です。英国王ジョージ3世(George Ⅲ、1738年6月4日-1820年1月29日、英国ハノーヴァー家第3代の国王、在位:1760年-1820年)の王妃、ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグーストレリッツ(Sophia Charlotte of Mecklenburg-Streliz、1744年5月19日-1818年11月17日)の名前を市名に冠しているからでしょうか。街の中心部の呼称も一般的なdowntownという表現ではなく、uptownを用いており、街自体はクイーンズシティーと呼ばれています。
清潔な市内のいたるところに、一見して高価と思われる彫像やオブジェが設置されており、道路や建物の配置も空間を贅沢に使い、様々なデザインの噴水が街に潤いを与え、歩行者を尊重した町並みとなっています。街のシンボルとされる王冠の印があちらこちらに付されていて、どことなく優雅なたたずまいを感じさせます。因みに、クリスマスツリーの風習を初めて英国に紹介したのはドイツから嫁いだシャーロット王妃とのことです。クリスマスの時期、この街はどのような装いを見せてくれるのでしょうか。
近年シャーロットの発展は金融・保険業を中心に著しく、その中心となっているのが全米有数の銀行、バンク・オブ・アメリカです。同社のシャーロットに対する影響は街の様々な場所で感じさせられます。最近では日本の保険会社もニューヨークから事務所を移転したとのことです。
そのシャーロットで、オバマ大統領率いる民主党が全国党大会を開催しました。全米各州の代議員、民主党関係者、民主党を支持する芸能関係者、所謂セレブリティ等、民主党に反対するデモ参加者も含めて様々な人たちが、決して大きくはないこの街に集まりました。首都ワシントンD.C.からは、各国の大使が民主党の外交団プログラムに招待され、藤崎駐米大使に同行するために在アトランタ日本国総領事館からも職員がシャーロットを訪問しました。
在アトランタ日本国総領事館の職員は9月2日(日)にシャーロット入りし、ジョージア州民主党のマイケル・バーロン(Michael R. Berlon)委員長に招待され、モータースポーツの殿堂、NASCAR Hall of Fameで開催された、ジョージア州、テネシー州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、バージニア州共催のオープニング・レセプションに参加したのを皮切りに、同日深夜に開催されたデビー・ワッサーマン・シュルツ(Debbie Wasserman-Schultz)全国民主党委員長(フロリダ州選出下院議員)の主催するキックオフに参加し、在アトランタ日本国総領事館の管轄州から参加した様々な人達と面談しました。
9月3日(月)は祝日レイバー・デイですが、シャーロットの街ではいたるところで早朝から党大会関連の様々な会合、討論会、レセプション、食事会が開催されました。在アトランタ日本国総領事館の職員は、4日からの党大会自体を除いては、管轄州の知事が主催する行事、アジア系米国人の主催する行事、民主党の外交政策討論会、外交団プログラムに参加しました。様々な会合で、ダニエル・イノウエ上院仮議長、マデレーン・オルブライト元国務長官、ノーマン・ミネタ元商務長官等と挨拶することができました。なお、民主党のプログラムが多く開かれたベルク劇場の建設に貢献した組織や個人の名を刻んだプレートの中にシャーロット日本人会の名前があり、日本人としてとても誇らしい気分になりました。
今回の党大会は天候に恵まれず、当初は最初の二日間は屋内施設であるタイム・ワーナー・ケーブル・アリーナで開催し、最終日は屋外施設であるバンク・オブ・アメリカ・スタジアムを会場とする予定であったのが、直前になって最終日も屋内施設で開催されることとなったため大混乱に陥り、オバマ大統領の指名受諾演説を聴くために会場入りを求める多くの人達の間で入場券の争奪戦となりました。
6日(木)の党大会最終日は会場入りが早く、午後6時にはタイム・ワーナー・ケーブル・アリーナは満席となり、時間が経つにつれて立ち見をする人達で会場が溢れてきました。この日は、オバマ大統領の指名受諾演説を前にしてジョージア州選出の連邦下院議員であり、公民権運動のカリスマであるジョン・ルイス議員も登場して力強い演説を行いました。
なお、党大会開催期間中のシャーロットは全米各地から派遣された警察官により市内中心部は完全閉鎖された厳戒態勢となり、デモ隊も自動車、オートバイ、自転車、馬を駆使した警察官に完全に取り囲まれた状態となっていました。一方で、交差点では一部の警察官が警笛を軽快に鳴らし、踊りながら交通整理をするパフォーマンスを見せて歩行者やマスコミの注目を集めていました。